あしたという日

 ふと、子供の頃、遠足の前の日に興奮してなかなか寝付けなかったことを思い出しました。楽しみで楽しみで、早くあしたが来ないかなと思っていたものでした。
 それから長い月日が経って、いつの間にか「あした」は楽しみに待つものではなく、「イヤでもまた来てしまう」ものになってしまっています。「早くあしたが来ないかな」とまた思える日が来るのはいったいいつになるんでしょうか。