前略・中島みゆき様

 先日「プロジェクトX」の最終回であなたのお顔を(動画で)拝見しました。2002年の紅白以来です。相変わらずお元気でご活躍のご様子、何よりです。番組オープニングで「地上の星」を、またエンディングでライブの「ヘッドライト・テールライト」をともにフルコーラスで聞くことができてとても嬉しかったです。久しぶりにあなたの歌声を聴いて、と同時にこの「プロジェクトX」という番組のことを振り返って、色々な思いが頭に浮かんで来たので思いつくままに書き留めておこうと思います。


 もちろんあなたはご存じないでしょうが、私はあなたのデビュー当時からのファンでした。「オールナイトニッポン」を第一回目の放送から最終回までほとんど聞き逃すことなく青春時代を過ごしたことは、私のちょっとした自慢でもあります。
 でも、私と「中島みゆき」というアーティストの距離は時代とともに変化していきました。10代の頃の私は本当にあなたの「信者」に近いくらいの熱烈なファンで、シングルもLPも(当事はまだCDじゃありませんでしたもんね!)全部買い揃え、「オールナイトニッポン」には葉書を投稿し、当時私が住んでいた山陰であなたのコンサートが開催されれば必ず毎回行っていました。当時の私は、あなたの歌に自分を重ねて心に刻んでいたのです。叶わぬ恋の苦悩や、ゲイである自分が日々の些細な出来事で傷つけられてしまったとき、あなたの歌が私の代わりにその思いを表現してくれているような気がしていました。
 その関係が変わったのは10代の終わり、私の最初の鬱の発症の頃でした。何事にも希望を見出せず、生きていくことの意味が分からなくなった私は、2回の自殺未遂を起こしてしまいました。幸か不幸かやりかたが稚拙だったので命はとりとめましたが、その時からあなたは、と言うより、この世の何物も当事の私に「死」を思いとどまらせることができなかったのだということが、私と「世界」との距離を変えてしまいました。そして私はもはやあなたの「信者」ではなくなりました。ファンであることには変わりありませんでしたが、それはあたかもあなたが私の人生の伴走者であるかのような感じになりました。私が傷つき苦しんでいるときに、あなたは決して私を抱き起こして助けてくれるわけではないけれど、同じ時代を生きる人間として私に応援の声をかけ続けてくれる存在。そんな風に思うようになりました。それは同時に、私自身がダメになってしまえばもはやあなたですら私を救うことはできないのだという…結局自分を救うのは私自身でしかないのだという諦念のようなものを私の中に残しました。
 それから早いもので20年以上もの歳月が流れました。
 その間に、私はあなたという伴走者を必要としなくなっていきました。「オールナイトニッポン」が終了したということもあって、私は徐々にあなたとの距離を広げていきました。私が他のミュージシャンにも興味を示し始め、私が本当に好きな「音楽」とあなたの歌の方向性が違ってきたということも理由の一つでしょう。新しいアルバムが発売されても買うこともなくなり、コンサートに足を運ぶということもなくなりました。私は、あなたから「卒業」したのだと思っていました。


 そして、今。私は人生の大きな曲がり角に立って、途方に暮れています。
 そんな時に再び巡り会ったあなたの歌は、私の心に何とも言えない不協和音を響かせています。私は何者なのか、なぜここに生かされているのか、これからどこを目指して歩いていけばいいのか…そうした疑問や不安とあなたの歌は奇妙に響き合い、私の心を乱します。それは決して不愉快なことではありません。でも、心地よいものでもありません。
 ただ一つだけ分かったことは、あなたの歌はいまだに私の心とこうして呼び合う力があるのだということです。
 多分、私は今後あなたの「ファン」に戻ることはないでしょう。それでも、私にとってあなたは特別な存在であることには変わりありません。これからも、いろんな時にいろんな形で(たとえば例のビール(発泡酒?)のCMのように!)あなたは私の前に現れて、色々なメッセージを伝えてくれるのだと思っています。今の私には、あなたの歌を聴いて「よっしゃ、やったるでー!」と奮発できる気力はありません。でも願わくば、今の鬱&無職という状態から脱出して、いつの日か「そんな時代もあったねと♪」と、懐かしく思い出しながら口ずさむことができる時が来ますように。そして、あなたと同じ時代を自分の足で歩んでいるのだという実感を取り戻すことができますように。
 みゆきさん、どうかその日まで、元気でご活躍下さいますようお祈り申し上げます。  草々