マルにゃんとの出会い

 マルにゃんは1995年5月某日、岡山市で生まれました。


 マルにゃんの両親は母・父ともに僕の知人のバレリーナさん(以降略して「リーナさん」)の飼い猫です。別に血統書付の猫ではなく、いわゆる「雑種」な日本猫ですが、毛並みから察するに少し長毛種の血が入っているようです。
 ちょうどその年の3月に僕がペット可な賃貸住宅(木造、築40〜50年くらいの所謂『文化住宅』)に引っ越して、猫を飼いたいなーと思っていたところに件のリーナさんから「うちの猫が妊娠したわよー」と連絡が入り、じゃあ生まれたら一匹譲って下さいと予約して、今か今かとその日を待っていました。


 生後一ヶ月(6月)に、当時行きつけだった喫茶店岡山市鹿田町、岡山大学医学部近くの「木陽(もくよう)」)でリーナさんと待ち合わせ。現れたリーナさんが手にしていたのは、なんとケーキの箱でした。ショートケーキを何個か入れるような小さな箱です。
 ワクワクしながらその箱を開けてみると…うわー、小さい〜!真っ白〜!瞳が青い〜!可愛い〜!!!
 手のひらにスッポリ収まりそうな仔猫が、ピーピーと鳴いていました(*^_^*)


 リーナさんの話によると、母猫が出産したのは四匹だったのですが、ストレスか何かのせいでこの子以外の仔猫は母猫が食べてしまったんだそうです。ただ一匹無事に生き残ったのがこの子というわけです。

 女の子かな? 男の子かな? と思っておマタを覗いて見ると、どうやら女の子。
 じゃあどんな名前にしようかなあ? と少し考えました。
 で、スポーツ全般が苦手な(多くのヲカマの例に漏れずw)僕が昔から唯一好きなのがテニスで、中学生くらいから毎年欠かさずウィンブルドンの中継をTVにかじりついて見ていて、特に好きだった選手が『かの偉大な』マルティナ・ナブラチロワだったので、彼女の名前を頂くことにしました。
 だから「マル」というのは略称で、本当は「マルティナ」なんです^^
 「偉大なビアン猫になるんだよ」という意味も込めてw


 この日から僕の長年の念願だった「猫のいる生活」が始まりました。(実家では犬・猫は禁止されてましたので。)

  

 リーナさんと少しお話をした後、早速マルを家に連れて帰りました。
 もう猫トイレやキャットフード、まだ幼いから念のために猫用粉ミルクなど、準備は万端整ってます。
 リーナさんが母猫の産室に敷いておいたというタオルも一緒に貰ったので、段ボール箱で作った猫用ベッドにそのタオルを敷いて、そこに小さなマルにゃんを置いてみました。
 不慣れなところに連れて来られたマルにゃんは、最初は鳴きもせずにそこでじっとしていましたが、やがて淋しくなってきたのか、ピーピーと鳴き始めました。


 抱き上げてヨシヨシとしてやりますが鳴き止みません。やっぱりお母さんが恋しいのかなあ。それともお腹が減ったのかな?
 時間的にも家に来て半日近く経っていたので、とにかく何か食べさせようと思って、まず猫ミルクを作って小皿に入れて、マルの鼻先に置いてみました。すると、ほんのちょっと舐めただけで、また不満げに鳴き始めます。
 じゃあ離乳食的なものをやってみよう。まだ子猫だから、柔らかいものがいいよね?
 そう思って猫缶のパテ状のもの(フレークではなく)を少し、これまた小皿にとって置いてみました。でも今度もちょっと舐めただけで、また鳴き始めます。


 うーん、好き嫌いが激しい子なのかなあ? はてさて、何を食べさせたものか…。
 しばらく思案した後で、ものは試しということで、普通の猫缶(成猫が食べる、マグロ缶的なもの)を開けて少量を皿にとって置いてみると…いきなり「ガフガフガフッ!」という凄い勢いで食べ始めました!
 なーんだ、もう完全に離乳できてるんだ。と少しホッとしました。
 見る間にマルは皿に盛った分を完食して、「もっと、もっと!」という感じで鳴くんです。そこで、好きなだけ食べさせてあげようと思って、猫缶の残りを全部皿に空けました。マルはまだガッツいて食べ続けます。結局、大人用猫缶の半分くらいを食べたところでようやく満足したらしく、顔の掃除を始めました。
 へえ〜、子猫でもこんなに沢山食べるんだー。
 初めて猫を飼った僕には何もかもが新鮮な驚きです。

  

 それから二日ほどは順調に進みました。
 ご飯は猫缶を一日二回。トイレもすぐに覚えました。
 夜はちゃんと猫ベッドに入って寝ます。やはりまだお母さんの匂いの残っている場所が安心するんでしょうね。
 家に来たのが金曜日の夕方で、その後の土・日は付きっきりで見ていましたが、特に何も問題が無さそうなので、月曜日は僕は家にマルを残して仕事に行きました。


 ところが。
 火曜日の朝、マルにご飯をあげようと猫缶を持って行ったら、マルの目が! 両目とも、ビッシリと貼り付いた黄緑色の目ヤニで開かなくなってたんです!
 マルは開かない目のままでピーピーと鳴いています。これはどうしたんだろう? 何かの病気かな?
 しばらく考えたのですが、やはり尋常な状態ではないので獣医に連れて行くことにしました。会社には「遅刻します」の連絡を入れて、たまたま僕の知り合いのお父さんが獣医さんだったので、マルを例のケーキの箱に入れて、その病院まで自転車を飛ばしました。(当時僕は車どころか免許も持ってなかったので。)

 病院までの道すがら、箱の中からは「出してー! 出してー!」という感じの鳴き声と箱を引っ掻く音が聞こえていました。20分ほどして病院に着いて、先生に症状を話してから箱を開けると…なんと目ヤニはすっかり取れてましたw 多分、箱の中でもがいているうちに剥がれ落ちたんでしょう。
 先生の診断によると、要するに風邪のような感染症になっていて、それで目ヤニが沢山出ているということで、すぐに治りますよと言われて、目薬(抗生物質入り)を貰って帰りました。


 それから3日間、朝・晩にその目薬を点してやると、すぐに目ヤニは出なくなりました。
 そしてその頃から、マルは子猫らしくヤンチャな(お転婆な?)面を見せるようになりました。やっと家と僕に馴れてきたんでしょうね。猫じゃらしや、羽毛で出来たネズミのオモチャで遊んでやると、いつまでもいつまでも遊び続けます。しまいには息が切れて、ゼーゼーと苦しそうな呼吸をし始めてるのに、それでもまだ遊びたい!みたいなw


 一番のお気に入りのオモチャは、友達からマルへとプレゼントに貰ったフェルト製の人形(身長10センチ未満)でした。人形に限らずマルはフェルト生地がお気に入りの様で、人形がボロボロになって使い物にならなくなった後は、生地屋さんでフェルト布を買って来たのを適当な大きさに切って丸め、釣り糸(テグス)で縛ってロール状にしたもの(おせち料理の昆布巻きみたいな感じ)を投げてやると、夢中になって遊んでいました^^

  

 それからはもう本当に可愛い盛り^^
 まだ屋外に出すには早いと、三ヶ月くらいは家の中だけで過ごさせてました。
 僕の友達も、日曜日ともなればマル見たさに次々と家に来てくれるようになりました。マルも全然人見知りしない子なので、誰とでも遊んでくれる人がいれば体力の続く限り遊んでましたw


 惜しむらくは、当時の写真が無いということです。
 僕はカメラを持っていなかったし、まだデジカメが(僕の手に届く値段で)出るか出ないか…まだ無かったかな? という時代です。もちろん携帯電話なんてごく一部のリッチな人の持つものでしたし、当時の携帯にはカメラ機能なんて付いていませんでした。使い捨てカメラは出ていたけれど、そもそも僕自身に「なにかの記念に写真を撮る」という発想が無かったんです。
 今のマルにゃんはもちろん可愛いのですが、子猫のときってやっぱり特別な可愛さがありますよね。
 それに、マルの瞳の色は、子猫の時は晴れ渡った夏の空のように濃い青色でした。それが歳を取るにつれてだんだん薄くなっていって、今は青というより水色です。


 けれど、その話をある友達に話したら、「写真に残ってないから、その時の記憶を鮮明に覚えていられるんだよ」と言われました。確かにそういうところはあるのかも…。
 でもでもでも、当時の超可愛いマルにゃんの姿を、ネットで披露できないのが悔しいんですよねー。
 はい、ワタクシ、親バカでございます(笑)


 ということで、マルにゃんの物語は今日はとりあえずここまで。
 また気が向いたら続きを書きます〜^^